ぶちゅり

日々学んだ物理学に関することをメモしていきます。コメントでのご指摘お願いします。

【量子力学】スピノル表示とは

量子力学をやっていてスピンの話が出た後に2成分波動関数というものが突然現れてきたりすることがあるかと思います。これはいったいどういうことなのでしょう。波動関数を並べただけ?

ピノル表示

まずスピンのスピン量子数が sであるとします。電子の場合はs=\frac{1}{2}ですね。このとき状態ケットはヒルベルト空間 \mathcal{H}=L^2 (\mathbb{R}^3)\otimes V_sに属しています。{\rm dim}V_s=2s+1です。スピンの固有ケット|s\hbar ^2, m\hbar\gtを簡単に|\sigma_m\gtとします。m=-s,-s+1,...,s-1,sですね。

次のようにスピンの方を展開していきます。

\mathcal{H}\ni |\psi\gt=|\varphi\gt\otimes\ |\chi\gt

=|\varphi\gt\otimes\ (\displaystyle\sum_{m=-s}^s \lt\sigma_m|\chi\gt|\sigma_m\gt)

ここの\lt\sigma_m|\chi\gt\chi(\sigma_m)と書いてスピン波動関数(スピンの確率振幅)といいます。

 |\psi\gt=\displaystyle\sum_{m=-s}^s \chi(\sigma_m)|\varphi\gt\otimes\ |\sigma_m\gt

ここで,  \chi(\sigma_m)|\varphi\gt=:|\varphi_m\gtと定義します。すると、

 =\displaystyle\sum_{m=-s}^s |\varphi_m\gt\otimes\ |\sigma_m\gt

と簡単に書けますね。これでもいいのですが、ここから\boldsymbol{x}\in\mathbb{R}^3表示、すなわち波動関数として表示することを考えます。しかし通常、波動関数と呼んでいるもの(スピンを考慮していないものです)とは異なるのでここでは、通常、波動関数と呼んでいるものを軌道波動関数と呼び、今から考えるものをスピン-軌道波動関数と呼ぶことにします。素直に\lt\boldsymbol{x}|内積をとればよいのですが、この内積L^2(\mathbb{R}^3)にのみ作用、すなわちL^2(\mathbb{R}^3)\otimes V_s\rightarrow V_sであることに注意します。(軌道とスピンは分けられますよね。)

V_s\ni\lt\boldsymbol{x}|\psi\gt=\lt\boldsymbol{x}|\left(\displaystyle\sum_{m=-s}^s |\varphi_m\gt\otimes\ |\sigma_m\gt\right)

=\displaystyle\sum_{m=-s}^s \lt\boldsymbol{x}|\left(|\varphi_m\gt\otimes\ |\sigma_m\gt\right)

=\displaystyle\sum_{m=-s}^s \lt\boldsymbol{x}|\varphi_m\gt |\sigma_m\gt

軌道波動関数のようにスピン-軌道波動関数\psi(\boldsymbol{x},\sigma_m)=\varphi_m(\boldsymbol{x}):=\lt\boldsymbol{x}|\varphi_m\gtと定義します。すると、

\lt\boldsymbol{x}|\psi\gt=\displaystyle\sum_{m=-s}^s \varphi_m(\boldsymbol{x})|\sigma_m\gt

と書けるわけです。これがまさにスピノ\boldsymbol{x}-表示です。この表示によって、

|\psi\gt=\displaystyle\int d^3\boldsymbol{x}|\boldsymbol{x}\gt\otimes \lt\boldsymbol{x}|\psi\gt

=\displaystyle\int d^3\boldsymbol{x}\displaystyle\sum_{m=-s}^s \varphi_m(\boldsymbol{x})|\boldsymbol{x}\gt\otimes\ |\sigma_m\gt

と書けます。ここで、規格化条件より

1=\lt\psi|\psi\gt

=\displaystyle\int d^3\boldsymbol{x}\lt\psi|\boldsymbol{x}\gt\lt\boldsymbol{x}|\psi\gt

 \displaystyle\int d^3\boldsymbol{x}\left(\displaystyle\sum_{m=-s}^s \lt\sigma_m|\varphi_m^*(\boldsymbol{x})\right) \left(\displaystyle\sum_{{m'}=-s}^s \varphi_{m'}(\boldsymbol{x})|\sigma_{m'}\gt\right)

 =\displaystyle\int d^3\boldsymbol{x}\sum_{m=-s}^s \left|\varphi_{m}(\boldsymbol{x})\right|^2 (\becauseスピンの固有ブラケットの正規直交性)

 となります。再度確認すると、スピン-軌道波動関数\psi(\boldsymbol{x},\sigma_m)=\varphi_{m}(\boldsymbol{x})=\chi(\sigma_m)\varphi(\boldsymbol{x})はスピン波動関数と軌道波動関数の積になっているます。お気持ち的にはスピンと軌道が独立であるゆえに積事象の確率*1が各々の確率の積で表されているということですね。

 

テンソル空間の基底と内積をとっていただけ

...なんだかやってることが遠回りだとは思いませんか?今までの話は次の演算によって一言で片付いてしまいます。元の状態ケットに\lt\boldsymbol{x}|\ \otimes\lt\sigma|を左からかけて内積*2をとります。(\sigma\sigma_mをすべて考えたもので、離散変数のように扱います。) 演算子のそれぞれが作用する空間に気を付けましょう。(\lt\boldsymbol{x}|\ \otimes\lt\sigma|) |\psi\gt=(\lt\boldsymbol{x}|\ \otimes\lt\sigma|) (|\varphi\gt\otimes\ |\chi\gt)

=\lt\boldsymbol{x}|\varphi\gt\lt\sigma|\chi\gt

=\varphi(\boldsymbol{x})\chi(\sigma)=:\psi(\boldsymbol{x},\sigma)

 終わりです。たったこれだけのことをそれぞれ別々に扱いたいがために遠回りをしていたのですね。そして|\boldsymbol{x}\gt\otimes\ |\sigma\gt\mathcal{H}の基底、\lt\boldsymbol{x}|\ \otimes\lt\sigma|\mathcal{H}^*の基底となっています。テンソル空間はそれを構成するベクトル空間の基底を掛け合わせた数だけ基底がありますよね、今の場合は\infty\times (2s+1)個の基底があって、その基底へでの展開を見ていただけです。スピンの方だけを先に展開しておいてから考えるというアイデアがスピノル表示だったのですが、このように同時にやってしまえば話は簡単になってしまうのです。もちろん、スピノル表示ではなく、逆に、先に軌道の方の展開を考えることもできます。つまり次の式のようなことです。

\lt\sigma|\psi\gt=\displaystyle\int d^3\boldsymbol{x} \chi_{\boldsymbol{x}}(\sigma)|\boldsymbol{x}\gt

\chi_{\boldsymbol{x}}(\sigma)=\lt\sigma|\chi\gt\lt\boldsymbol{x}|\varphi\gt

です。僕自身は知らないのですがこの表示は散乱問題で使われるようです。では具体例をみていきます。

 

 電子の場合

では電子などのスピン量子数s=\frac{1}{2}を例に考えてみましょう。この場合は、m=\frac{1}{2},-\frac{1}{2}であり、|\sigma_{\pm\frac{1}{2}}\gtとは|\frac{1}{2}\hbar^2,\pm\frac{1}{2}\hbar\gtのことであり、また|\varphi_{\frac{1}{2}}\gt=|\varphi_{\uparrow}\gt, |\varphi_{-\frac{1}{2}}\gt=|\varphi_{\downarrow}\gtと慣習的に書きます。アップスピン、ダウンスピンというやつですね。そうすると、状態ケットは次のように書けます。

L^2(\mathbb{R}^3)\otimes V_{\frac{1}{2}}\ni|\psi\gt=|\varphi_{\uparrow}\gt\otimes\ |\frac{1}{2}\hbar^2,\frac{1}{2}\hbar\gt + |\varphi_{\downarrow}\gt\otimes\ |\frac{1}{2}\hbar^2,-\frac{1}{2}\hbar\gt

となっていて、これの\boldsymbol{x}-表示が

V_{\frac{1}{2}}\ni\lt\boldsymbol{x}|\psi\gt=\lt\boldsymbol{x}|\varphi_{\uparrow}\gt\ |\frac{1}{2}\hbar^2,\frac{1}{2}\hbar\gt + \lt\boldsymbol{x}|\varphi_{\downarrow}\gt |\frac{1}{2}\hbar^2,-\frac{1}{2}\hbar\gt

=\varphi_{\uparrow}(\boldsymbol{x})|\frac{1}{2}\hbar^2,\frac{1}{2}\hbar\gt + \varphi_{\downarrow}(\boldsymbol{x})|\frac{1}{2}\hbar^2,-\frac{1}{2}\hbar\gt

=\varphi_{\uparrow}(\boldsymbol{x})\left(\begin{array}{c}1\\ 0\\ \end{array}\right)+\varphi_{\downarrow}(\boldsymbol{x})\left(\begin{array}{c}0\\ 1\\ \end{array}\right)

=\left(\begin{array}{c}\varphi_{\uparrow}(\boldsymbol{x})\\ \varphi_{\downarrow}(\boldsymbol{x})\\ \end{array}\right)

となるわけです。これはV_{\frac{1}{2}}に属しています。スピンが\frac{1}{2}-\frac{1}{2}のどちらで観測されるか、さらに\boldsymbol{x}-表示の場合はどこで電子が観測されるか、の独立な事象をそれぞれV_{\frac{1}{2}}L^2(\mathbb{R}^3)で考えているだけですね!

*1:正確には軌道については確率密度振幅、スピンについては確率振幅です。

*2:双対空間との噛み合わせを広い意味で内積といいます。ペアリングともいいます。