熱力学でよくわからないと言われることが多いものが「熱」と「温度」と「エントロピー」だと思います。色んな説明や導入方法があり、逆に混乱してしまいますよね。これら3つは密接な関係にあります。この記事ではまず熱を定義して、その次に温度とエントロピーを同時に定義します。読者には微分形式などの知識を仮定することとしますが、などのように今まで通り雰囲気でも扱えるかと思います。
熱と力学
エネルギー保存則というのは破られることのない普遍的な経験法則だと信じることから始まります。まず、系の(内部)エネルギーの微分(微小な変化量)というのはその系の外、外界から受け取ったエネルギーと等しいはずです。なぜならば、エネルギーが保存すると信じているからです。*1そしてその外界から受け取ったエネルギーのことを系が外界からされる「完全な仕事」と言うこととします(この記事でのローカルな定義です)。したがって、式としては次のようにかけます。
しかし、実際にミクロなスケールまでを考えて完全な仕事を測定するということは極めて難しいことです。そこで、割と大きなスケールの仕事だけを測定することにします。そのスケールでの仕事というのは力学的な仕事です。力学的というのは、系の内壁の圧力を通じて外界と内壁の操作のみで伝わる純粋に力学で考えるような仕事です。この力学的な仕事をとします。そうすると、完全な仕事というのは力学的な仕事と非力学的な仕事である「余り」の仕事に分けられます。この余りの仕事をとします。余りの仕事の実体としては、例えば内壁を通じた分子振動のエネルギーの交換や電磁波の吸収や放出などが挙げられます。したがって、
となります。はの微分として表されていたわけですが、それを2つの和に分けたからといって一般にはそれらは何かの微分として表すことはできません。つまり、あるやが存在して、
,
となるのは、特殊な状況を除けば、ありません。一般的には成り立たないのです。そして、力学的な仕事のことを熱力学では単に「仕事」と呼んでいて、非力学的な仕事のことを「熱」と呼んでいるわけです。つまり、「熱」という構造が「熱力学」に現れるのは「力学」がスケールを二極化しているからです。改めて書けば、力学によるスケールの二極化の式が
であり、エネルギー保存則(熱力学第一法則)が
です。
温度とエントロピーを定義するモチベーション
熱という物理量が得られたのはいいのですが、先ほどのように微分ではなく(状態量ではなく)扱うことが難しく、面倒くさく、計算もするにもなかなかできません。微分形式の言葉でいえば、は微分1形式であり、微分である一方、は微分1形式ではありますが、微分ではありません。
まず、圧力は平衡状態で定義されます。準静的過程では体積変化をとしてとなります。は外圧で、準静的過程ではです。(このことは熱力学のテキストを参照してください。) したがって、準静的過程では
と書けますね。ここで、熱に密接に関係した状態量(微分)を定義したいというモチベーションがあるわけです。それがまさにエントロピーで、同時に温度も定義できてしまいます。そのために、微分形式の強力な定理を用います。
積分因子
「2次微分1形式に対して、ある関数が存在して、
条件を満せばが(完全)微分となる」という定理があります。このようなを積分因子、を積分分母といいます。厳密な証明は数学科に任せるとして、軽く計算してみると納得はできますよね。*2
温度とエントロピーの定義
積分因子の定理を用いて、温度とエントロピーの定義を述べると、2次微分1形式(熱)に対して、積分因子が存在すれば*3、積分因子を逆温度(積分分母を温度)とし、微分をエントロピー(の微分)とします。数学の言葉的にはこれに尽きます。式で書けば、
です。まず、右辺の微分1形式があって、が微分となるようにを決めて、その微分そのものがだということです。このようなが存在するための条件は一応書いておくと、
です。また、
であり、
,
ですね。
理想気体の場合
具体例として理想気体を扱ってみましょう。理想気体は状態方程式が
で与えられるものです。(これに従うものが理想気体だと考えます。理想気体の定義になっています。)よって、熱は次のように定義されます。
となります。そして温度は、
とすれば条件を満たします。このにより、エントロピーは
となることがわかります。これを積分すれば、
となります。また、さきの温度の定義から内部エネルギーや状態方程式は, と書かれることもわかりますね。
参考文献
太田浩一 著, (2018), 「熱の理論 -お熱いのはお好き」, 共立出版株式会社, ISBN 978-4-320-03606-2